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投資実践 · 9分で読める

200万円の損切りボタンを押した日、手が震えた

200万円の損切りボタンを押した日、手が震えた

画面の数字が、毎日赤くなっていく

あれは投資を始めてまだ間もない頃の話です。

通信関係の個別株を買いました。しかも、持っている資金の大半を突っ込んで。今思えば正気じゃないけど、当時の自分は一気にお金を増やしたかった。ただそれだけ。自分の欲望のままに動いていました。後から「集中投資」なんてカッコいい言葉で飾ることもできるけど、実態はそんな高尚なものじゃない。早く儲けたい。たくさん儲けたい。ただの欲だった。

買った直後から、株価は下がり始めました。

証券口座を開くたびに、赤い数字が目に飛び込んでくる。マイナス30万、マイナス50万、マイナス100万。最終的にはマイナス200万円まで膨らみました。

「すぐ戻るだろう」なんて楽観できる期間はとっくに過ぎていました。

安心したくて、株価を見る。朝起きてスマホで見る。会社の昼休みにまた見る。帰りの電車でもう一回見る。「少しでも戻っていてくれ」と祈りながら画面を開く。でも、安心したくて見ているのに、見るたびに余計に不安になる。それなのに見るのをやめられない。見ないと逆に不安だから。今思えば、あれはもう依存に近い状態でした。

階段に座って頭を抱える男性

「早く楽になりたい」

損切りを決断した理由は、冷静な判断なんかじゃないです。

「早く楽になりたい」

ただそれだけでした。

資金の大半をその株に入れていたから、塩漬けにしている間は他の売り買いが一切できない。上がる保証もない。このまま更に下がるかもしれない。

何より、毎日あの赤い数字を見続けることに、もう耐えられなかった。

夜、布団に入るとずっと考える。この損失を受け入れるべきなのか。もう少し待てば戻るんじゃないか。でも、このまま下がり続けたらどうする。答えの出ない問いが、頭の中でぐるぐる回る。

結局、自分の感情を最優先にして動きました。冷静な投資判断じゃなく、「この苦痛から逃げたい」という一心で、損切りボタンを押した。

手が、震えていた。

ボタンを押した瞬間、まず来たのは安堵でした。「やっと終わった」。ホッとした。損はしたけど、あの毎日の苦しみから解放された。

でもすぐに、「この後、株価が上がるかもしれない」という考えが浮かびました。自分が売った後に上がっていく株価を見届けることが怖くて、もう市場を見たくないと思った。今振り返ると、長期的に物事を見る視点が、当時の自分にはまったく欠けていました。

なぜその銘柄だったのか

そもそもなぜ通信関連の株だったのか。

当時、格安SIMの提供やインターネットプロバイダー事業をやっている会社でした。ドコモやKDDIのような大手キャリアは既に高値になっていて、そこはあえて狙わなかった。もう少し小規模で、これから伸びそうな会社を選んだつもりでした。

しかも、ちゃんとPERやPBRも見て分析した上で買っていました。自分なりに理論的な組み立てもしていた。

でも、そんなものは関係なかった。

知識があっても、分析をしていても、市場はそんなこと関係なく動くし、株価も関係なく動く。自分の中で「こうなるはず」と思っていたシナリオが、まったく通用しなかった。知識と実戦は別物だということを、200万円で思い知らされました。

夜の通りを一人で歩く人のシルエット

レベル5でレベル50のダンジョンにいた

RPGで例えると、レベル5のキャラクターがレベル50のダンジョンに突っ込んでいったようなものです。

個別株の集中投資なんて、プロでも失敗する世界。投資を始めたばかりの人間が、なけなしの資金を一銘柄に全ベットして勝てるわけがない。知識はあったかもしれない。PERもPBRも見ていた。でも、知識と経験は全く別物です。教科書を読んだだけで手術ができるようにはならないのと同じで、相場の荒波の中で冷静に判断する力は、経験からしか得られない。

あれ以上損をしていたら、自分がどうなっていたか想像もつきません。200万で済んだのは、ある意味運が良かったのかもしれない。後から振り返ると、1〜2年持っていれば株価は戻っていました。でも、マイナスの状態で、しかも他に何もできない状態で、長期間持ち続ける精神力は、当時の自分にはなかった。

投資から5年間、離れた

損切りした後、僕がやったことは「何もしなかった」ことです。

取り返そうとしなかった。そもそも、取り返せる根拠がなかった。自分なりに考えて、分析して、それで買って、それで負けた。同じことをもう一回やって勝てるなんて思えなかった。

それに、損をすることが本当に嫌だった。とにかくもうやめたかった。

薄々わかっていたのだと思います。短期で利益を出す方法が正しいのではなくて、コツコツ時間をかけて成果を出すほうが正解だと。でも当時は、その「コツコツ」に切り替える余裕がなかった。

投資の世界から約5年間、完全に離れました。

証券口座のアプリは消さなかったけど、ほとんど見なくなった。開く気にもならなかった。貯金は、特に意識しなくても自然に溜まっていきました。投資をしていない分、余計なことにお金を使わなくなったのかもしれない。投資のことを考えたくなかった、というのが正直なところです。

その間に冷静になれました。「今の自分のレベルでは、ここまでが限界だ」と認識できた。

5年後、少しずつ高配当株を買い始めました。今度は少額から、分散して。1銘柄に全力投球するんじゃなく、何銘柄かに分けて、1銘柄あたりの金額を小さくした。それだけで、メンタルの負担が全然違いました。

そしてNISAとiDeCoの存在を知り、インデックス投資にたどり着きました。あの200万の損切りがあったからこそ、トランプ関税で700万の含み損が出たときにも何もせずにいられた。過去の痛みが、未来の冷静さを作ってくれました。

200万の損失から、インデックス投資に行き着くまで、5年以上かかりました。遠回りだった。でも、あの5年間がなかったら、インデックス投資の「退屈さ」を受け入れられなかったと思います。派手な個別株で痛い目を見たからこそ、地味なインデックスの積み立てが「ちょうどいい」と思えるようになった。

「良い経験だった」は、自分を慰める言い訳

投資で大きな損失を出した人が、よくこう言います。

「勉強代だった」「良い経験になった」

僕もそう思いたい。本当に思いたい。

でも、正直に言うと、全然そんなことはないです。

今でもあの損失の痛みは覚えているし、後悔もしています。200万円あれば何ができたか。家族で旅行に何回行けたか。娘に何を買ってあげられたか。そういうことを、たまに考えます。

「勉強代」という言葉は、過去の自分を慰めるための言い訳だと思います。本当に勉強したいなら、200万円も払わなくても本を10冊読めばよかった。図書館に行けば無料です。

山の朝焼けと一本の道

自分の判断を信用しないと決めた

あの失敗から学んだ最大の教訓は、自分の判断や感情を信用しないことです。

インデックスファンドは歴史的に上がり続けている。そして世界中の現金の価値はずっと下がり続けている。金融庁が推進するNISA制度も、まさにこの長期・積立・分散投資の考え方に基づいています。この事実に則って、その仕組みに自分を合わせました。自分の分析や予測ではなく、歴史が証明している流れに乗ることにした。

毎月の積み立ては自動設定。自分の感情が介入する余地をなくしました。上がっても下がっても、機械的に積み立てが実行される。かつての自分は、自分の分析を過信して200万を失った。だからこそ、今は自分の判断ではなく、仕組みに任せています。この仕組みにしてから、2018年以降一度も売っていません。投資に対するストレスは激減しました。

今の投資スタイルは、あの200万の上に建っている

現在の僕の投資は、ひたすら地味です。

毎月決まった額をインデックスファンドに自動で積み立てる。相場が暴落しても、淡々と積み立てを続ける。証券口座は毎日見ています。見るのは好きだから。でも、見て何かを変えることはしない。かつては株価を見るたびに不安になっていた。今は数字を眺めても、「仕組みが動いてるな」と思うだけです。同じ「毎日見る」でも、意味がまったく違う。

あの時、レベル5の自分がレベル50のダンジョンで全滅したからこそ、今は自分のレベルに合った場所で、コツコツ経験値を積んでいます。

200万の損失は、良い経験なんかじゃない。今でも痛い。

でも、あの痛みがあるから、今の自分は「自分の判断より仕組みを信じる」というスタイルに迷いがない。自分の予測を過信して200万を失った経験があるから、今は歴史と仕組みに任せています。

もし今、個別株で大きな損失を出して落ち込んでいる人がいるなら、一つだけ言いたいことがあります。

無理に取り返そうとしないでほしい。取り返せる根拠がないなら、一回離れていい。離れている間に、自分のレベルを知ることができる。そしていつか戻ってきた時、きっと前よりも賢い選択ができるはずです。

少なくとも僕は、そうでした。

※この記事は個人の体験に基づく情報提供であり、投資助言ではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。

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